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寅さんがタバコを吸わなかった理由を真剣に考えてみた

フーテンの寅さんこと車寅次郎はタバコを吸わなかったらしい。規制などない時代に始まった番組ですが、なぜなのでしょうか。

フーテンの寅さんこと車寅次郎はタバコを吸わなかったらしい。らしい、というのは「男はつらいよ」シリーズ全作実際に見て確認できないからですが、ともかく、1969年から1995年までの26年間、48作品をとおして、寅さんは一度としてタバコを吸わなかったのだそうです。

この事実をめぐって、エッセイがふたつ、存在しています。 ひとつは1982年に書かれた、大室幹雄「寅さんがタバコを吸わない理由」。

寅さんってタバコを吸わないねと話を差し向けると、『男はつらいよ』シリーズをいくつか観たりした人はたいてい「そういわれてみるとそうね」とうなずく。そこで「なぜ吸わないのだろう」と突っ込んだ疑問をぶつけると、だいたいの人は次のような答えが返ってくるのだという。
その一、貧乏だから。
その二、渥美情がタバコを吸わないから。

その一は、映画の内部だけで寅さんという存在を考えようとする「おもての見方」であり、その二は、生身の役者という外部を映画に投影させた「うらの見方」である。人はふつう、この両極のはざまで「連続性のうえをあちこち往き来しながら」映画を楽しむものです。

しかし、大室の考える寅さんがタバコを吸わない理由はどちらとも違うということです。映画の内部を律している「文法」と外部の「論理」との共謀によって寅さんはタバコから遠ざけられている、と大室は考えているのです。

「男はつらいよ」を、「ワンパターンな」「はなはだ民俗学的な仕組みになっている」「めでたい」映画であると規定したうえで、その「めでたさ」を「人畜無害」へ置き換え、大室はこういう。

「男はつらいよ」シリーズはむろん、新聞や世間がタバコに対してもっと寛容な時代から始まっています。だが、そのころもすでにタバコは有害だった。または有害だという世間の意見があったのです。

それをこの名作の作者らが意識していたとは考えにくいですが、しかし人畜無害である映画と、社会に対して有益であろうと気負っている新聞とは、有害なものを排除するという論理を共有しています。人畜無害をめでたさへ置きもどしてもこのことに変わりはない。

フォークロアでいうめでたさとは、悪、凶、疾病、凶作といった、すべての害を除祓した後の一つの状態なのです。そこについぞ悪人が現われたことがないのと同一の原理が、寅さんにタバコを吸わせるのを排除しているのであり、それがこの映画のおもてを組みたてているにほかならない。

もうひとつのエッセイは、『煙が目にしみる』に収録の「タバコを吸わなかった寅さん」というもので、筆者は、新聞記者、フリーライターなどを経て反タバコ市民団体「たばこれす」の代表を務めている山本由美子。この薄いアンソロジーは、JTが「週刊文春」誌上で展開している「喫煙室」作家などにタバコにまつわるコラムを書かせる連載広告へのカウンターとして編まれたものだと前書きにあります。山本による寅さんエッセイはこんな具合です。

寅さん自身が、タバコをスパスパ吸って無神経に他人にタバコを吹きかけているシーンなんてなかったことは、寅さんファンなら周知でしょう。寅さんとタバコは無縁だったのです。思いやりがあって、気配り豊かな寅さんだもの、タバコ片手に蘊蓄をたれても真実みがなくなるというものです。

寅さんが、風体の割りには清潔感がそこはかとなく漂っていたのは、タバコの臭いがしなかったからなのです。 結局真実についてはわからずに憶測にすぎませんが、タバコが世間に与えるイメージは昔から大きなものになっています。
禁煙a8
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