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タバコに含まれている物質がどんな影響を与えるのか

喫煙の有害性についての討論は、たいへん混乱している。議論のほとんどが依存症の発生や発がん性、毒性、心臓への影響に関するものであるが、 どの作用がどの物質に原因するのか誰も正確に語ることはできない。

もし議論が喫煙の一般的な有毒性についてであるならば、何が原因かを特定する必要もないのだが、常にある特定の物質に焦点が当てられてきたところに問題がある。
時には一酸化炭素が、またある時にはニコチンが恐怖の的となる。しかし、 どちらも肺がんの危険性を高めることはないだろう(何人かの研究者はニコチンの反応生成物に発がん性があると疑っているけれども)。

煙の粒子の吸引とタール物質の吸引とは別の問題である。だが、 タールと煙粒子にはタバコに対する癖を起こすほどの薬理学的作用はない。ちょうど現在、低ニコチンタバコを市場に送り出すことに意味があるのか否かについて活発な論争がおこなわれている。もしその主張のように、このタバコが喫煙量の増加をもたらすならば、 タールをより多く吸引する結果、肺がんになりやすくなるだろう。

ニコチンとタール成分のために保護論者と法律家たちは熱烈なグループに分かれて、科学的および心理学的研究を基礎に熱心な論争にふけっている。吸引される煙の中で生理学的に興味をもたれる物質は、 もちろんタール物質や煙粒子もさることながら、ニコチンと一酸化炭素(タバコ自体には存在しないが、あらゆる物質が燃焼する場合と同様に、タバコの燃焼過程で発生する)がある。

その主張の概略を述べると、ニコチンは有毒であり、一酸化炭素は心臓血管系に有毒な作用を起こし、 タールは発がん性のリスクを高めるということである。その他の作用はとりあげられることがあっても、上記の主張が論争の火種となっていることと比べると、ほとんど注目を浴びることはない。報告される作用の多くは短時間のもので、遅かれ早かれ有毒作用のレパートリーから除かれる程度のものである。それは因果的なつながりが希薄で、主要な成分と比べて一般の人々に十分なショックを与えるほどの効果がないからである。

ニコチン
ニコチンは無色無臭で水に溶けやすい性質であるが、その生理学的な作用は極めて複雑である。少量ならば中枢神経系の活動を刺激し、多量になるとその活動を鈍らせ、ついには神経中枢を麻痺させる働きがある。ニコチン作用の閾値は神経領域によって異なっているために、その作用を記述することも、 また閾値を測定することも難しい。たとえば同量のニコチンを投与しても、末梢の神経節の反応と中枢神経系とは異なっている。

身体の機能は、刺激と抑制の二つの働きによってコントロールされる。ある1組の筋肉が収縮し、これと拮抗する筋肉が伸展することで腕が曲がるように、すべての機能はコントロールされている。そのコントロールには主に二つの方法があって、血液中を循環するホルモンによるものと神経伝達によるものと示す。たとえば蜂に刺されると腫れ上がるが、まずその前に腕の瞬間的な反射運動があるはずである。

その後、脳を通じて意識的な運動があり、注意深く考えたあげくに腕を振りまわして、「あっ、痛い。蜂に刺された。」と叫ぶことになる。多くの刺激は、それ自体ではなんらかの反応を生み出すには弱すぎるけれども、蓄積してあるレベルを超えると、そこで反応を起こす。夜中に電話のベルが2度鳴ったくらいでは目を覚まさなくとも、20回も30回も鳴りつづければ、目が覚める。ところが、逆に刺激が余りにも頻繁に繰り返されると、 しばしばメカニズムは疲労し、ある一定の時間が経過しない限り次の反応は生じない。これを休上期(無反応期)という。疲労は他の器官と同様に神経にも局在し、それぞれ特有の無反応期をもつことになろう。このような条件下で、ニコチン(もしくは他のある物質)は摂取量に応じて部分的に刺激したり、あるいは抑制したりすることになる。

多くの身体器官の働きは、交感神経と副交感神経という拮抗する二つの神経系の影響を受けており、 またコントロールされている。これらの二つの神経系はさまざまな器官の働きに相異なる作用を及ぼしている。たとえば交感神経は心臓の活動を刺激し、副交感神経はこれを抑制する。しかし副交感神経は腸の活動と分泌を刺激するが、交感神経は抑制するというように。ある物質がある濃度ではこれら二つの神経系のいずれをも刺激し、 より高い濃度では麻痺させるが、 しかし異なる器官ではこれと同濃度であっても反応の変化は起こさないといった事実から、状況はかなり複雑であることが理解されよう。

ニコチンが心臓の活動にどのような影響を及ぼすのか調べたい場合、一つは心臓から摘出した組織に関する一連の検査結果があり、また一つは心臓の全組織標本や心肺組織の検査結果を用いることができるが、これらとはまったく異なったすべての動物に共通する心臓の反応から得られるデータもあろう。特に後者は喫煙論争にとって興味深い観察となろうが、心臓の活動は他の多くの環境要因の影響を受けることから、その結果を解釈することは難しい。いわんやニコチンの影響自体が一様ではないのだから。このことを理解するためには、怒り、驚き、不安、嫌悪、心配といった感情が心臓に及ぼす生理学的な影響を考えなければならない。というのは、これらの感情は心臓の働きを増大させたり減少させたりするからである。健康状態や疲労、血糖値レベル、情緒の状態、心理的な抵抗力等によって、さまざまな人がさまざまな時間経過でさまざまに反応するので、事柄は非常に複雑である。いったい何が、ある人には刺激を与え、他の人には麻痺させるという異なった反応を生むのであろうか。

ニコチンの致死量が1回の服用量として、およそ20mgから50mgであることはかなり確かである。しかし喫煙でこの致死量に到達することはありえないので、喫煙によるニコチン摂取で死亡した者はいない。一時期、ニコチン溶液は殺虫剤として園芸に使用されており、我々の致死量に対する知識はこのニコチン溶液を飲んでしまった人に由来している。

またシガレットを食べてしまった幼児の報告が数例あり、平均的なシガレットに含まれるニコチン量はl mg程度と少ないのに、それでも幼児を死亡させるには十分である。しかし、タバコの煙から吸収される量はこのごく一部にすぎないこと、また生体内のニコチン分解時間は2時間以内とたいへん短いことから、血液中で危険濃度に達することはけっしてないであろう。喫煙30分後には、脳や血液、肝臓のニコチン濃度は半減してしまうからである。

ニコチンは口や鼻、喉の粘膜から吸収され、直ちに血液へ送りこまれる。強度の喫煙は、めまい、頭痛、唾液の増加、発汗、脱力感、そして吐き気をともなう急性的な軽い中毒を引き起こす。しかし、こうした症状は、ニコチンの代謝が早いため、急速に排泄されるので、治療する前に回復してしまうのが普通である。

血液中のニコチン濃度はきわめて急激に減少し、それは分解作用よりも早いくらいである。ニコチンはさまざまな組織内に沈殿し、同時に代謝されて肝臓内で他の化合物と結合し、毒性の低い、かつ排泄されやすい物質に変わるからだ。腎臓は、これらの物質を血流からほぼ即時に排泄する。その痕跡は喫煙後8時間に至るまでいろいろな組織に残されているが、はっきりとニコチンの影響が残る時間はこのように非常に短い。しかし、これらの濃度についは、法医学的な興味しか持たれていないのが現状である。

タバコ特有の分解生成物であるニコチンの半減期が生体内においては比較的長く、 しかも検出が簡単であるという事実を利用して、喫煙時のニコチン吸収の証明が容易となった。ニコチンの分解産物であるニコチンの分析は喫煙習慣についての面接調査による回答のチェックに利用されており、タバコを吸っていないといくら主張しても、体液(尿、血液、唾液)中にニコチンが発見されれば、それはおそらく嘘をついていることを示しているのである。

尿中コチニンの半減期は20時間内外とニコチンに比べて遥かに長く、喫煙者では100mg/ml 以上、受動喫煙者ではそれ以下、非喫煙者ではゼロ、 とされることが多い。発がん性とはがん細胞の成長を誘導する可能性を意味するが、とりわけニトロサミンのようなニコチン誘導体には発がん性があることが実験的に明らかにされている。臨床的には今のところ人体において証明されているわけではないが、喫煙後に発がん性のあるニコチン分解生成物がいくつか発見される可能性は否定しえない。

タバコ論争においてしばしばそうであるように、この問題についても我々は決定的な結論を導き出すほど十分な知識を持ち合わせていないことを認めなければならない。喫煙の心理学的効果に関して、長期間にわたりー連の研究が実施された。それらの研究から、 1本のタバコを吸った後に経験する心理生理学的効果は2本目にはその2倍にならないこと、またこのあと何本吸っても効果は加重しないことが判明した。このタバコの一時的な急性免疫作用が、喫煙者のタバコ消費に限界があることや、喫煙者がアルコール依存症や睡眠薬とかスピードと呼ばれる興奮剤の乱用者の場合のように薬物への欲望に駆られないことの理由である。

一酸化炭素
一酸化炭素は燃焼によって生成される。機関車の火夫や、焚き火をする遊牧民、地下駐車場の従業員、そのほか誰もが燃焼によって放出される一酸化炭素の分け前をもらっている。一酸化炭素の発生源はいたるところにある。急性の中毒にかかる場合もある。

タバコは一酸化炭素の一部を供給している。しかし、けっして重要といわれるほどのものではない。一酸化炭素は無臭で危険な物質である。それは血液中の酸素にとって代わるからで、 もし酸素が脳に送られなければ死んでしまう。通常ヘモグロビンは肺で空気中から酸素を摂取し、オキシヘモグロビンになる。もしこのとき空気中に一酸化炭素があると、酸素よりも優先してヘモグロビンと結合し、カルボキシヘモグロビンを形成してしまう。

血中ヘモグロビンと結合して見出される一酸化炭素が、ある特定の発生源からどれくらいもらったものなのかを確かめることは難しい。喫煙後の測定では、血中のオキシヘモグロビン量がわずかに増大し、 しかも、この上昇はニコチンの場合のように、高濃度の一酸化炭素は脳から酸素を奪って死亡させる。しかし強烈な喫煙の場合でさえ、そのために形成されるカルボキシヘモグロビンの程度では、わずかに頭痛か眠気を催すくらいのものである。ついでながら述べると、これらの症状は喫煙者に共通する不満の種とはなっていない。理論上では、長時間にわたって一酸化炭素を吸引すると適度なレベルであっても代謝を妨げる可能性はある。

脂肪代謝は酸素供給低下によって悪影響を受けるかもしれないし、毛細血管の透過性が変化するかもしれない。また脳や心臓の細胞が障害を被るかもしれない。さらに長時間にわたれば、動脈硬化や動脈の狭窄は勿論、心筋にダメージを与えるかもしれない。これらは自動車や旧式の湯沸かし器からのガス漏れ、スモッグの中での運動、あるいは車で渋滞する道路でのサイクリングから予想されるものと同種の作用である。しかし、これらは喫煙の潜在的な危険性を示すものであっても、これらの病気と喫煙との関係になんら納得できる証明がなされているわけではないのである。

車の排気ガスの吸引による自殺の場合のように、高濃度の一酸化炭素は脳から酸素を奪って死亡させる。しかし強烈な喫煙の場合でさえ、そのために形成されるカルボキシヘモグロビンの程度では、わずかに頭痛か眠気を催すくらいのものである。

ついでながら述べると、これらの症状は喫煙者に共通する不満の種とはなっていない。理論上では、長時間にわたって一酸化炭素を吸引すると適度なレベルであっても代謝を妨げる可能性はある。脂肪代謝は酸素供給低下によって悪影響を受けるかもしれないし、毛細血管の透過性が変化するかもしれない。また脳や心臓の細胞が障害を被るかもしれない。さらに長時間にわたれば、動脈硬化や動脈の狭窄は勿論、心筋にダメージを与えるかもしれない。これらは自動車や旧式の湯沸かし器からのガス漏れ、スモッグの中での運動、あるいは車で渋滞する道路でのサイクリングから予想されるものと同種の作用である。しかし、これらは喫煙の潜在的な危険性を示すものであっても、これらの病気と喫煙との関係になんら納得できる証明がなされているわけではないのである。

タバコの煙の成分
目に見える紫煙は、燃焼によって放出された微量な水滴、すなわちエアゾールが成分で、そのほとんどは、蒸気やガスと同様、その温度は室温よりも高いため、室内を優雅に上昇して周囲の空気と混ざり合う普通、煙害は新鮮な室内の空気で発生すると考えるが、 しかし新鮮な空気などというものは存在しない。

まず第一に、室内の空気が外気よりも純粋なことはめったにないし、外気といえば道路の近辺や、市街地、工業地帯ではいろいろな物質で汚染されている。第二に、建造物や人間、機械、作業過程、駐車場、また家庭においては焚き火、ストーブ、石油バーナー、オーブン、ガスバーナー、 フライパン、電気ヒーターから発生する実に膨大な物質を空気は含んでいる。タバコの煙はこの室内空気のカクテルの中で比較的重要な役割を演ずる。それは、はっきりと目に見え、 しかも香りがあるので、簡単に他のものと識別できるからである。

エアゾール状の煙は、喫煙の楽しみ(風味)の一部となる特有の芳香物質を運んでくれる。その他にも水蒸気とイソピレン、アセトアルデヒド、アセトン、酸化水素、 トルエン、アクロレイン、アンモニアといった物質を含んでいるが、タバコの煙に含有される程度の濃度では、生理学的な意義はない。燃焼によって生成されるこれらの物質のうちタール成分のあるものには発がん性が疑われている。しかし、それらはタバコの煙にのみ特有なものではなく、他の発生源からも見出せる。したがって、どの発生源からどのくらいの量が発生したかを明らかにすることは難しい。

室内におけるタバコの煙が最終的にどうなるかについては、しかし、研究の多くは喫煙者への影響についておこなわれてきた。喫煙する真の理由はニコチンの作用、すなわち刺激と鎮静にあるとの主張であるけれども、明らかに他の要因も関与している。その存在を示すのは、葉巻の喫煙者がシガレットを吸うよりもむしろ吸わずに済ませたり、ある銘柄の愛好者が、 どんなに吸いたくても別の銘柄のタバコを拒否する場合である。こうした喫煙者ごとの要因は極めて多様であるため、説明を加えることは難しい。1日に何本、それを何日間というような単純な数え方では、吸引する煙の量を測ることはできない。バンバリー・リポートはシガレットの構造がさまざまであることの重要性を挙げており、ロウボン(Rawbone)は喫煙行動そのものの重要性について言及している。

シガレットにどんな物質がどれほど含まれているかを分析するだけでは十分でない。喫煙によって放出されないでそのまま灰に残る物質もあるし、タバコに含まれていなくとも喫煙時に燃え口で形成される物質もある。喫煙の仕方そのものが大切であるのに、たとえば疫学的研究では、残念ながらこのようなことの記述さえもが困難なうえ、分類することは更に難しい。

シガレットを吸うと、燃え口から放出される物質がある。その量と化合物は燃え口の温度によって決まり、長く時間をかけて吸うのか、強く吸い込むのか、軽くスパスパ吸うのかで違ってくる。また1本のタバコを何回吸煙するのかとか、喫煙者が吐き出す主流煙と、 くすぶるタバコから立ちのぼる副流煙の量とも関連する。

このような理由だけでも喫煙者が吸い込む活性物質の量は極めて多様であり、喫煙本数と同様に重要なことである。煙は燃焼領域から紙巻部分を通過する。燃焼領域の直後は蒸留領域であり、ここでは熱い煙の流れが化学変化をしないで、タバコから揮発成分、すなわち水分やニコチンその他を移動させる。さらにタバコの中を通った煙は冷やされ、活性物質のいくつかは、タバコの内部に沈殿して凝縮される(凝縮領域)。タバコ自体がフィルターとしての役割を担うから、重要なのはタバコの大さや、巻の堅さ、そして吸った長さである。

余裕のある人ならば、完璧に吸い終わる前に吸い残しを捨ててしまう習慣をもっていよう。わずか―口ほど吸って捨てる人もいるし、できる限りフィルターの間近まで吸おうとする人もいる。その場合は燃焼が凝縮領域におよび、凝縮された煙が再度放出されることになる。タバコの最後の部分は、他の部分と比べて活性物質をはるかに高率に、 しかも絶対量も多く含んでいる。低俗雑誌の小説家の指が黄色くニコチン色に染められているというのは、実はニコチンのためではなく、何故ならニコチンは無色だから、最後の最後まで吸った吸い残しに凝縮されたタールのためである。

こうした貧乏の象徴は今ではめったに見られない。おそらく最後の一本 まで吸った3本のタバコは、1口しか吸わなかった10本のタバコよりも有毒である。タバコの影響を評価する際、これは喫煙本数よりもっと重要であるのに、このような定量的な凝縮については、タバコ論争においてあまり関心がもたれていない。



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